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この記事は locus に書いた 土神と狐のネタバレありの追記です。
ネタバレなしの状態から本を読みたい方は 上のリンクのlocus の記事をご利用ください。

土神と狐
土神と狐宮沢 賢治

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 一本の綺麗な女の樺の木には二人の友達がいました。土神と狐です。

 樺の木は、どちらかといえば狐の方がすきでした。なぜなら土神の方は、神というなこそついてはいましたが、ごく乱暴で、神もぼろぼろの木綿糸の束のよう、眼も赤く、きものだってまるでわかめに似、いつもはだしで、爪も黒く長いのでした。ところが狐の法は大変に上品な風で、滅多に人を怒らせたり気にさわるようなことをしなかったのです。
 ただもし、よくよくこの二人をくらべてみたら、土神の方は正直で、狐は少し不正直だったかも知れません。



 私はここまで読んで、身なり云々で不正直な人の方が好きな樺の木のことをあまり良く思いませんでした。

ところが、物語を読みすすめてみると、狐は上品なだけではなく、知識豊富であり、話をしても面白い。 ただ、つい、樺の木に良く思われたくて 見得をはってしまいます。けれど、

そしてすぐ考えたのです。ああ、僕はたった一人のお友達にまたつい偽(うそ)を言ってしまった。ああ、僕は本当にだめなやつだ。-略ー あとですっかり本当のことを言ってしまおう、



と反省しています。いや、狐は正直なのではないだろうか?と思い始めました。

 それに対照的なのが土神です。理論派の狐に対して、ロマンチストの土神は

草というものは黒い土から出るのだが、なぜこうも青いもんだろう。黄や白の花さえ咲くんだ。どうもわからんねえ。



と、樺の木にはなしかけます。

樺の木は

それは、草の種が青や白を持っているためではないでございましょうか



とあっさり理論派。ロマンチストの土神と同じ視点でものをみていないのですから話はかみ合いません。 

狐さんにでも聞いてみましたらいかがでございましょう



といわれて、土神の逆鱗にふれてしまいます。
土神にとってはいとしい樺の木をめぐる恋敵の狐の名前を当の本人の樺の木の口から聞いたものですから。

 樺の木の気持ちで読んでいると、どう考えても土神は好きになれそうもありません。 突然怒るし、八つ当たりをしてしまうし、随分と恐ろしいのです。 どうも、冒頭にあった 「正直」というよりは、自分の気持ちを押さえることができない神なのです。

私は、樺の気持ちを離れて、土神の気持ちになって読んでみました。 樺の木を好きな気持ち。自分は好かれていないだろうとわかりきっているけれど、どうしてもあきらめきれない気持ち。 自分ではどうしようもない自分の性質というものは誰にでもあると思います。 失敗するとわかっていてもどうしてもやってしまう。直そうとしてもなかなか直らない。

 このおはなしは、なによりも土神の悲しみに満ちているお話です。 

追記:
 検索していて 私の感想と良く似た感想にヒットしました。

「土神ときつね」― テーマについての小論 ―
  この論の最後の結び、

かもがやの穂は最初からかもがやの穂でしかないのである。かもがやの穂がかもがやの穂であること、それに「気づく」ことが重要なのであり、気づくことで、土神は自分の今までの感情が「恋愛」というものであることを理解する。


  ここが、私には理解しきれませんでした。 どうしてかもがやの穂で恋愛と言う感情を理解できたんだろう。。。。

土神と狐
土神と狐
posted with 簡単リンクくん at 2006. 7.21
宮沢 賢治作 / 小林 敏也画
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こちらは上で紹介した絵本バージョンでない方ですが、レビューが素晴らしく良いと思えるので。
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この記事は locus に書いた たったひとりの戦いのネタバレありの追記です。
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 赤い国と青い国は、

戦争はとても長い間つづいていたので、どうして始まったのか、だれもおぼえていませんでした。


 赤い国も青い国もあと兵士が80人。 赤い国の王子は

がんばりましょう、おとうさん。



と、何が原因かわからなくなった戦争に勝つことが目標です。

話の流れとして、昔の寓話だったら 青の国の王子は、「ムダな戦争はやめたい」と思っているのだと思うのです。

ところが、青の国の王子ファビアンは

 どちらの国が勝とうと、かまいませんでした。ファビアンは、戦争などどうでもいいと思っていたのです。だから野原の木にのぼっては、一日中ぼんやりしていました。



そうして、赤の王子から一騎打ちの手紙が来たときも、

ファビアンはため息をつきました。馬にのるのはあまり好きではなかったのです。



 そうなんです。青の王子、戦争をやめたいわけではない。戦争をしてはいけないと思っているわけではない。 只単に 「どうでもいい」と思っていただけに読み取れるのです。
文字面だけを読むと 何事にも無気力な若者が目にうかんでしまいました。

つい、メッセージ性探す悪い癖のある私は、「戦争というのはくだらないものだということを言いたいのだろうか」などと頭の中でピッタリと納得できるようなメッセージをこの本から探します。 探せば探すほど、空をつかむようです。

 私にとって戦争は「どうでもいい」といえるようなものではありません。どうも納得がいかないのです。

ネットで検索すると、
 月刊児童文学翻訳2000年6月号書評編の中にこの本の評がありました。


森久里子さんの書評は 私がこの本に期待している姿そのものでした。でも、森さんの文の中にあるファビアン王子は私には見えてこない。どうしてだろう。

 ここで、はた!と 「どうでもいい」が引っかかっているのではないかと思いました。 日本語の「どうでもいい」というのは私には無責任で投げやりな印象を伴います。元の文はなんと書いてあったのだろう。 

表現は違いますが、「戦争で勝ち負けを決めるなんて、ばかげたことだ」ということだったら私がおもっているような、書評にあるような王子が頭にうかびます。

 この話、読めば読むほど 原文をそのまま読むことができて、きちんと文字面ではなく頭で理解できたらいいなあとおもった本でした。 それと同時に、文章で人にものごとを伝えることの難しさをおもいました。 

追記---

なんとなく釈然としないので、夫にもどうおもうかを聴いて見ました。上で紹介した無関心な様子を読んで、夫 「ノンポリってやつだな」と一言。
 ノンポリって聞いたことがあるけれど、きちんと知らないので、とりあえず、広辞苑

 non-political の略 政治問題や学生運動に関心を示さないさま。また、そういう人。



 だそうです。なるほど。そうか。。

そうして、その後王に手紙を出すところのシーンになって、
「ここで思い直したのではないか」とのこと。 なるほど。そう読めばそんな風に読める! 私はその 「ノンポリ」風なところばかりが気にかかっていたようです。
この記事は locus に書いた ぞうのホートンたまごをかえすのネタバレありの追記です。
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 ただそこを通りかかっただけで、なまけどりに声をかけられて、卵を抱くことを請け負ってしまった ゾウのホートン。 請け負ったはよいけれど、「卵、つぶれてしまうんじゃないの?」と私はヒヤヒヤ。
いえいえ、つぶれません。それどころか、わざわざ木にのぼっていってじっくり卵を抱くホートン。今度は「木が折れるんじゃないか」と心配になったけれど、こちらも大丈夫。 ところが、いつまでたっても卵は孵らない。「卵、くさっちゃったんじゃないの?」と心配な私。

 大人は妙な先入観でヒヤヒヤしてしまいました。

お人よしのホートンはどんな目にあおうとも、卵を抱き続けます。それにひきかえ なまけどりは、すっかり卵のことなんか忘れている様子。

ところが、最後に卵が孵るころになって、突然「私のたまごよ」なんて言い出すのは、「この世の中にもありそうだなあ」なんて思ってしまいました。 

ラストは、ずいぶんと夢のある終わり方で、ホートンも報われて 私はほっとしたのでした。
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