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 冒頭から映画の話で申し訳ないですが、皆さんは 「ニュー・シネマ・パラダイス」という映画をご覧になったことがあるでしょうか。
 題名から想像できるように、映画を楽しみに生きている人たちがこの映画に出てきます。そうして、映画館で、何度も何度も映画を見てセリフまで覚えてしまっている人が、映画を見ながら感きわまって涙ながらに次のセリフを口にするというシーンがあります。

 近くで見ている人はたまったものではありません。口走る人にとってみれば何度も見た映画ですが、それを聞かされている人は映画を味わう機会をぶち壊しにされているようなものです。

 映画と同じく、本についても、それの感想を人に語るときはとても難しく思います。 なぜ面白かったのか、どこが面白かったのか じっくり語りたい。でも、それを言ってしまうと相手が本や映画を楽しむ機会を奪ってしまうことになるのではないかと。
 たとえば、冒頭の小さな起伏を記事に書いたとします。題名から見て「あれ?ちょっと違うかしら」と思った部分だったとする。 しかし、その情報を聞いた人は私が何の前提知識がないままに読んだ本とはあきらかに違う状況で本に向き合うことになります。場合によってはそれによって大きく感動を損なうこともあるかもしれない。

 映画の場合、予告編でいやになるほど見所を見せられたものよりも、「こんな映画あったんだ」とノーチェックで見た映画の方がずっと楽しかったという経験はありませんか?

 実際の友達が相手ならば、「この本を読んだ?」と聞き、「あそこが良かった。ここが良かった」と一緒に語り合うというのも大きな楽しみです。
 しかし、ネットではその選択は難しい。検索しただけでヒットして訪問ということもあります。

長くなりました。
このブログは、私が気になった本について読んだ感想部分をある程度内容に触れても書くブログにしたいと思っています。
 できるだけ気をつけて全部をネタバレさせないようにしますが、もしかするとオチについても書くかもしれません。
そういうものが書いてあってかまわないと思われる方だけ、ご利用をお願いいたします。
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他のブログと登録情報が重なってしまい管理画面に入れなくて、随分困っていました。
やっと入れました。

テンプレートも替えられます。

コメント頂いた方 ありがとうございました。 反応出来ず申し訳ありませんでした。
この記事は locus に書いた コララインとボタンの魔女のネタバレありの追記です。
ネタバレなしの状態から本を読みたい方は 上のリンクのlocus の記事をご利用ください。

コララインとボタンの魔女
コララインとボタンの魔女金原 瑞人

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starダークファンタジー的な映像が思い浮かぶ
starサンドマンシリーズが好き過ぎてこの作品はちょっと、、
starさすがは天才作家!たくさんの子供たちに読んでもらいたいです。

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 最初にこの本を読んだときは、不気味さが面白いと感じただけだったのですが、妙に心に残る本でした。その後映画化の話を聞き、そのまま4年!もたってしまっていて どうなったのだろう?と気になっていたのです。今回やっと見られるようになったのですね。ストップモーションだからこんなに時間がかかったのでしょうか。たしかに気の遠くなるような作業ですよね。

 もう一度読みたいと思って手にとり、読んだこの本は、私の大好きな本になりました。
最初に読んだ時は、 「お父さん、お母さんが仕事に忙しくて、かまってくれないからさびしい思いをしていた女の子が、不思議な世界で魔女と対決してくるおはなし。」と思っていたのです。しかし、子供がちょうどこの年代である今読むと味わいは別になっていました。 低学年くらいまでの多くの子は、親や大人というだけで、絶大な信頼をよせていますし、すなおで従順な子が多いと思います。しかし、小学校中学年、高学年と年齢が進むにつれて、親の気に入らない面が出てきます。 もっと○○なおかあさん(お父さん)だったらいいのに。両親について、「ココはきらい」という点がひとつもない子はいないのではないかしら? 私も、子供時代を思い起こすと、親子喧嘩をしたことも、意地をはったことも、それから親の不満な点を数える日もあったっけ。。と思います。

 親になってわかったことは、子供に対する愛情はふつうの親であれば表面上見える部分がどう変化しても根底に流れているものだということです。 コララインはお父さんもお母さんも相手にしてくれない退屈な日々を送っています。 なにか話しても、相手にしてくれず、つまらない毎日。 親の目から見たこの本は、コララインが日々の生活で 見失いそうになっていた親の子に対する気持ちを見つけ出すおはなしであり、それを自力で取り戻すおはなしだからこそ、今の私にとって面白かったのだと思います。
 
 しかし、そういう私が好きそうな教訓的な部分はすっかり取り除いても、この不気味で奇想天外なおはなしは魅力にあふれています。 子供が読み手だったら、その不気味な世界をコララインと一緒に体験するというだけで、十分なのではないかと思います。 前半部分は、コララインの退屈な毎日がただ淡々と描かれているため、もしかするとそこがすごく退屈で読み進むのがつらい子もいるかもしれません。 でも、そこを淡々とよむと、いかにコララインの毎日がつまらなかったのかというのがわかるということもあるのかもしれないなあ。。などと時間をおいて2回目を読んだ私は思いました。それにしても、目がボタンというのはなんと怖いおはなしなんでしょうね。

ふしぎの国のアリスはあまりにも有名できちんと読んだことがないのですが、イメージとしては、ブラックな現代世界のアリスのようなイメージかもしれないと思いました。


映画化にともなって文庫本版も近々出版されるようです。
コララインとボタンの魔女
コララインとボタンの魔女中村 浩美

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この記事は locus に書いた ザ・ギバーのネタバレありの追記です。
ネタバレなしの状態から本を読みたい方は 上のリンクのlocus の記事をご利用ください。


ザ・ギバー―記憶を伝える者 (ユースセレクション)
ザ・ギバー―記憶を伝える者 (ユースセレクション)Lois Lowry

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star表紙が・・・
star継承するべき未来は、記憶に頼るものなのか?
starこんな未来があったら? 誰が記憶を受け取るのか?

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 主人公ジョーナスは12才を目前にした男の子です。冒頭から読み始めて、日常が淡々と描かれているのだと思いました。 そのうちに、規則がいろいろあるコミュニティに住んでいるのだなと違和感を抱き始めました。そうして、「リリース」という言葉が出てきます。恐ろしい言葉とのこと。私は、恐ろしいというのはどういうことなのだろう。もしかしたら、追放されることだろうか。と読み進めました。

 なぞは、ジョーナスが12歳の儀式を受ける中盤以降にはっきりしてきます。

以降、内容ネタばれ状態で、私が感じたことを書いています。ご注意ください。

 この本を読んで、私ははっと目が覚めた思いでした。実は、今我が家は受験まっただ中です。とはいっても、よそのご家庭のように何年間も準備を進めていたわけではなく、今年に入ってから本格的に取り組んできました。1年足らずの準備期間で本番に臨みます。一番違和感があったのが 偏差値でした。 受験の世界は偏差値で語られる世界です。しかし、その偏差値というのは、受験生に共通のテストを行い、その志望者別の得点差の統計をもとに学校を振り分けたものでしかないのです。 学校をある切片で切ったときの状況でしかないものが、受験においては誰にでも通じる、共通する価値観になります。 しかし、私はそれがある切片でしかないということに気付いているつもりでした。 教育理念、教育内容、学校生活、保護者との関わり、子どもたちへの指導、将来の進路、など、学校は他の切片で切るとまた別の側面が見えてきます。
 ですから、自分が気になる切片で切ってみて総合的に志望校を決めてきたつもりだったのです。その自分なりの評価結果は一般の偏差値の並びとは違う並びが発生します。

 ところが、ここにきて心の中に迷いが生じている自分に気が付きました。受験生家庭共通の尺度である偏差値に自分が縛られているのです。 つまり、「この学校の方がうかったときに、みなからうらやましがられるであろう」という学校を果たして受けなくてよいのか。 答えはもちろん「受けなくてよい」です。 しかし、その自分尺度は誰にでもわかるものではありません。いわば受験コミュニティの中の共通の価値観から外れたものの見方をしているのが私ということなのでしょう。そうして、私は数か月過ごした受験コミュニティの中で、偏差値という価値観の影響力にすっかり染まってしまったということなのだと思います。

 最後までこの本を読んで、私は新しいコミュニティでそだちつつあった新しい自分の尺度を捨てて良いのだと改めて強く思いました。 なぜなら、コミュニティの尺度はそのコミュニティを出たときにはもう意味をなさないものなのです。 この偏差値至上のコミュニティは受験が終わったと同時に私は去るものなのです。 新しいコミュニティに入ったときに、明るい未来が見える選択、それを今しているのだから。 そんな風に思いなおすことができたのがこの本でした。

 とはいっても、この本、受験のことについて書いてあるわけではありません。たまたま我が家が受験まっただ中だったからこそのこの感想だと思います。(^^)

追記:新訳がつい先日発売されたようです。一冊欲しかったので喜んでいます。
ギヴァー 記憶を注ぐ者
ギヴァー 記憶を注ぐ者ロイス・ローリー 島津 やよい

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star幸せは 単純に割り切る中で得られるものではない

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この記事は locus に書いた ポケットのたからもののネタバレありの追記です。
ネタバレなしの状態から本を読みたい方は 上のリンクのlocus の記事をご利用ください。

以下、完全なねたばれ感想です。ご注意を。

ポケットのたからもの
ポケットのたからものレベッカ・コーディル エバリン ネス

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star地味なのに繰返し読んだ

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ジェイという6歳の男の子が小学校に入学する前後の日常を描いた本で、特別なことは何も起こりません。 物語の中に入り込まないと、さらりと読んで「ふーん」でなにも残らない本だと思います。

 素人考えですが、この本をじっくり読めるか読めないかは、読み手が主人公とどこまで同化できるかにかかっているように思います。本の体裁は小学校低学年向けですが、一般的な小学校低学年はこの本をどんな風に読むのでしょう。あいにく息子も小学校高学年になってしまい、身近に低学年の子がいないためわかりません。

 私にとって、この本は 「友達」の物語でした。 物語の前半 ジェイののどかな毎日が紹介されます。 自然に囲まれた生活は一人で気楽な楽しみに満ちています。 一人遊びの好きな子はきっとこの気持ちは分かるはず。 時間が過ぎるのを忘れてアリの行列を見ていたり、珍しい石を探したり そういう静かで自分だけの楽しみに満ちています。 母としての私はこの本を読みながら息子の小さかった頃のことを思い出しました。 毎日、カラスやハトの羽を拾ってきたり、ポケットの中から木の実や草、石が出てきたり、何かしらお土産がありました。 息子が学校から帰ってくるのにものすごく時間がかかっていて、あわてて迎えに行ったことがあります。すると、息子はとりたてて道草をしているわけではなく、右のくさむらを見たり、棒きれを拾って持って歩いたりと気ままにてくてくと学校からの帰り道を歩いていました。 帽子いっぱいの桜の花びらを拾ってお土産にくれたこともあったっけ。

 さて、長い一人遊びの描写の後に、ジェイは入学となります。 秋からの入学なので、丁度今の時期頃のお話なのですね。 日本とはちがって、入学式というような大げさなものはないのでしょうか。 初日から一人でスクールバスに乗り学校へ。 そうして新しい教室に入ります。 その時に、ひとつ持って行ったたからものについて緊張するできごとがいくつかあるのです。

 ところで、低学年にはジェイの状況が分かりにくい子もいそうだと思います。日本の子供たちの平均的な生活とジェイの生活の差が大きいのです。ジェイはたぶん、広い丘の上にポツリとたった家に住んでいます。つまり見渡す限り自然には恵まれているけれど、同じ年代の遊び友達は一人もいない状態だと日頃のジェイの生活から想像できます。 今の子供たちは(うちの子もですが)小学校入学前に物心ついた頃から幼稚園や保育園に通い、公園に行けば知らない子どもたちもたくさんいて、遊び相手のいないことはありません。 危険だということで、自然の中の自分だけが知っている小さな秘密のできごとも、一人遊びもほとんどないと思います。かならず保護者が付いていっていますから。

 物語の終わりは、ジェイのこれからの生活が予測できるような終わり方です。一人遊びのジェイ、コオロギが友達だったジェイにも自分のことをたくさん話したい相手ができたわけです。 読んでいる私の中にじんわりと喜びが広がって来ました。

 みなさんには「この話、○○に話したい」と思うことがありますか? 「今度会ったらこの話をしよう」「この話をして、どう思うか聞いてみたい。」「どんな顔するかな」「これはあの子が好きそうな話題だ」と、先のことを想像する楽しみはその相手があればこそです。 一人遊びの楽しさを誰かと共有することで、大きく楽しみが広がることもあります。「○○に話したい(=思いや楽しみを共有したい)」という特別の相手があることは幸せなことだとしみじみ思いました。

 話はすっかり横道にそれてしまいますが、 萩尾望都のマンガのなかに、「あなたに話したい話がたくさんある」というようなセリフで終わるマンガがあります。それを思い出し、もう一度読みたくなってしまいました。(あのマンガ、家にあるはずです。探してみようかしら。)
この記事は locus に書いた ぼくは くまのままで いたかったのに・・・のネタバレありの追記です。
ネタバレなしの状態から本を読みたい方は 上のリンクのlocus の記事をご利用ください。

以下、完全なねたばれ感想です。ご注意を。

(画像は楽天のものです。)

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 locusではあまり良い評価をつけなかった絵本です。 私は素人なのに、申し訳ないと思いつつも、絵本として「おしいなあ。もっとこんな風につくってほしいなあ。」という思いが大き過ぎたのです。(この本の素晴らしい点と、その残念な点についてはこの記事冒頭にリンクがあるlocusに書いてあります。)

 でも、この本、考えさせられることはたくさんありました。 特に、主人公のクマです。 彼はアイデンティティがないのです。 自然の中で一人(一熊)で気ままに生活していて 「自分ってなんだろう」と考える機会もほとんどなかったのでしょうし、そんなことは要らなかったのでしょう。そんなことを考えなくてもクマの生きてきた環境は吸い込まれそうに美しかったのです。そのクマが知らずに飛び込んだ先で、「君とはなんぞや?君は誰ぞや?」と問われることもなく、「君は○○だ。」と決めつけられ、あれよあれよという間に 大勢の中の一人として組み入れられ、本人の資質?もなにも考慮されないままに仕事をあてがわれてしまいます。
 昔で言う 「歯車の一つ」になってしまうわけです。

 自分探しのクマが行く先では困ったことが起こります。 動物園のクマは 「クマというのは、おりの中にいるものだ。 車にのってきたりしないから、彼はクマじゃない。」 と言いだしますし、 サーカスのクマは 「くまなら見物席にすわったりしていない。」と言いだします。 みな、自分の経験の範囲という狭い部分でしか、ものの判断が下せないのです。
 
 アイデンティティを持たないクマは、最終的に与えられた場所でなんとか歯車としてやっていきますが、結局何を教えられたわけでもなく、身につけたのは、自分にとっては大して役に立たない技能だったところもさびしいところです。

 そんな風に、自分の人生について、いろいろと考えさせられる内容の本でした。
 
この記事は locus に書いた 風力鉄道に乗ってのネタバレありの追記です。
ネタバレなしの状態から本を読みたい方は 上のリンクのlocus の記事をご利用ください。


風力鉄道

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この本は進学塾の模試に行こうとして、間違った電車に乗ってしまった渉くんのお話です。
表紙絵の左側の狐の顔をした人は新三郎さん。右の釣り目の男がマイケル・フォックスブラザーさんというなんとも シャレの効いた設定です。

 息子はお笑い好きなので、この軽い設定も大変好みに合っていたようですが、実はこの話、軽く可笑しいだけではなくココロにじーんと響いたり、小さな発見があるところがやっぱり斉藤洋さんだと思います。 私も息子も何度もこの本を読みました。

 こんなに楽しい本なのに、なぜかこの不思議な世界は、映画の銀河鉄道の夜を思い出します。
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star素晴らしいです
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この映画も本当に素敵な映画です。私は大好き。

話を元に戻しましょう。

渉君は、真面目に塾に通い、一生懸命勉強をしている子です。

そのころからぼくは、学校の成績はいいほうで、自信があったのだけれど、初めて受けた模擬テストの成績はさんたんたるものだった。~略~あんまりくやしかったので、この数字は一生わすれないと思う。あの時の母さんのがっかりした顔もきっと一生忘れないだろう。



 このあたり、”お母さんのがっかりした顔”が出るあたり、 子どもたちにはズキリと響くものがあるかもしれませんし、渉君の気持ちがよくわかるのではないかと思います。
最初の模擬試験で思うような結果が出なかった渉君は、その後まじめに努力して勉強のできる子になりました。だから、いろんなことについてこまっしゃくれています。

 9人でちょうど5日かかる仕事があります。この仕事を6日かけて終わらせるには最低何人必要ですか。


なんていう問題も

簡単な問題だ。とささっと暗算でこなし、「答えは7.5人だな」なんて出してしまうのですが、この答えに新三郎さんとマイケル・フォックスブラザーさんがからんできて いろいろとああでもない、こうでもないという描写が本当に面白いです。

そうして、こういうサイドストーリーが少しずつ少しずつまとまっていって、風力鉄道の旅が終わるころには、渉くんの考えは少しずつ変わってきます。この変化が楽しいんですよね。

異次元旅行の楽しみと、心の中にじんわり広がる暖かさと、そうして、渉の成長。息子が大好きなのが私にもよくわかります。
 最初にこの本を読んだときは、5点満点の4点くらいかな?と思ったのですが、今ではやっぱり5点満点の5点。満点をつけたいと思っています。
この記事は locus に書いた レイチェルと滅びの呪文のネタバレありの追記です。
ネタバレなしの状態から本を読みたい方は 上のリンクのlocus の記事をご利用ください。

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 こちらのブログを編集する余裕がなく、ものすごく長い間放置状態にしてしまいました。久々に書こうと思います。

 レイチェルという普通の女の子とその弟エリックが地下室から 別の惑星イスレアに連れて行かれ、そこの魔女と戦う物語です。

 locusの記事 にも書きましたが、この魔女、想像を絶する姿形をしているようで、私には想像できませんでした。 

 また、スピード感あふれる展開ですが、読後はさらりとしすぎていて、あらすじを読んだあとのようにあまり心に残らないところがありました。これがアマゾン評で低い評価を出している人に共通する思いなのかもしれません。 たしかにさほど大きな感動というのはありませんでした。

しかし、読みとおしてみると細かい所で 思うところがありました。以下そのお話を中心に書いてみます。今、私は子供の教育関係が気にかかっているので、そのような視点で読んだ感想になっています。

 さて、イスレアに連れて行かれそうになった時点で、レイチェルの自分でも知らなかった才能が覚醒し始めます。そうして、次々にそれほどの努力を必要するわけでもなく、難しいことができるようになってくるあたり、最近のアニメでの特殊技能の覚醒に良く似ていると思います。 たしかに、子どもたちの能力というのは私からみると目を見張るものも多いです。 何なく新しいことにチャレンジし、できてしまう。 

 最初にその能力トレーニングの相手?になったモルペスは、レイチェルが自分がやったことに対して思ったようにできなかった落胆を「ぜんぜんだめ」と表したときに言いました。

 

・・・みごとです。完璧ではありませんが、練習すればきっとうまくなる。すごい素質ですよ。



 これ。これなんですよね。子どもがくじけそうになったときにこんな風に励ませればいいなあなんて思いながら読みました。

 このあとの記載は本当のネタばれですので、この本を楽しみたいと思われる方は読む前にこの記載を読まないでください。色を変えておきます。読み辛い場合は、マウスで選択して反転させて読むと比較的読みやすいです。

 話もエンディングに近づくころ、レイチェルは 魔女につかまってしまい、自分と同じ魔女になるような呪文をかけられてしまいます。 そうして自分でそれと気づかないうちに容貌が魔女と同じようにどんどんと変化してきてしまいます。 最初は変化とともに自分の心まで失ってしまうのではないかとおびえたレイチェルでしたが、その変化は自己暗示に近い呪文であったことに気が付きます。

 これ、親からみるとありますあります。 知らず知らずに子供に呪文をかけてしまっていること。よい呪文もあれば、マイナスな呪文もあります。
 
 昔の話ですが、私は母に「この子は運動の才能がない」と言われていました。だからそうなんだと思いこんでいました。運動はコンプレックスでしたから、誰にでもできるトレーニングなどは好きでしたがそのほかの器用さを必要とするような運動はずっと苦手でした。大人になるまで。 運動の才能がないと自分で信じ込むとどんどん運動音痴になるわけです。何をやってもうまくできない。できないから面白くない。嫌いになる。 母としては、私がその呪文に囚われてしまうとは思ってもいなかったと思いますし、今でも気づいていないと思います。 この呪文について気付いたのは、大人になってから。息子と一緒にいろいろな運動をして、「あれ?こだわらなかったら私人並みにできるじゃない?」と気づいてからです。 長い呪文から目覚めました。

 だから、私は息子に呪文をかけてしまわないようにしないと。。と思っているのですが、やっぱり知らず知らずにかけてしまっていることがあるようです。 親は言動に注意しないと。。と日々自分を戒めています。(^^;)

  子どもたちは自然に育っていく能力がある。それをうまくサポートできればいいなあ。なんて思いながらこの本を読み終えました。
 


この記事は locus に書いた 土神と狐のネタバレありの追記です。
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土神と狐
土神と狐宮沢 賢治

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 一本の綺麗な女の樺の木には二人の友達がいました。土神と狐です。

 樺の木は、どちらかといえば狐の方がすきでした。なぜなら土神の方は、神というなこそついてはいましたが、ごく乱暴で、神もぼろぼろの木綿糸の束のよう、眼も赤く、きものだってまるでわかめに似、いつもはだしで、爪も黒く長いのでした。ところが狐の法は大変に上品な風で、滅多に人を怒らせたり気にさわるようなことをしなかったのです。
 ただもし、よくよくこの二人をくらべてみたら、土神の方は正直で、狐は少し不正直だったかも知れません。



 私はここまで読んで、身なり云々で不正直な人の方が好きな樺の木のことをあまり良く思いませんでした。

ところが、物語を読みすすめてみると、狐は上品なだけではなく、知識豊富であり、話をしても面白い。 ただ、つい、樺の木に良く思われたくて 見得をはってしまいます。けれど、

そしてすぐ考えたのです。ああ、僕はたった一人のお友達にまたつい偽(うそ)を言ってしまった。ああ、僕は本当にだめなやつだ。-略ー あとですっかり本当のことを言ってしまおう、



と反省しています。いや、狐は正直なのではないだろうか?と思い始めました。

 それに対照的なのが土神です。理論派の狐に対して、ロマンチストの土神は

草というものは黒い土から出るのだが、なぜこうも青いもんだろう。黄や白の花さえ咲くんだ。どうもわからんねえ。



と、樺の木にはなしかけます。

樺の木は

それは、草の種が青や白を持っているためではないでございましょうか



とあっさり理論派。ロマンチストの土神と同じ視点でものをみていないのですから話はかみ合いません。 

狐さんにでも聞いてみましたらいかがでございましょう



といわれて、土神の逆鱗にふれてしまいます。
土神にとってはいとしい樺の木をめぐる恋敵の狐の名前を当の本人の樺の木の口から聞いたものですから。

 樺の木の気持ちで読んでいると、どう考えても土神は好きになれそうもありません。 突然怒るし、八つ当たりをしてしまうし、随分と恐ろしいのです。 どうも、冒頭にあった 「正直」というよりは、自分の気持ちを押さえることができない神なのです。

私は、樺の気持ちを離れて、土神の気持ちになって読んでみました。 樺の木を好きな気持ち。自分は好かれていないだろうとわかりきっているけれど、どうしてもあきらめきれない気持ち。 自分ではどうしようもない自分の性質というものは誰にでもあると思います。 失敗するとわかっていてもどうしてもやってしまう。直そうとしてもなかなか直らない。

 このおはなしは、なによりも土神の悲しみに満ちているお話です。 

追記:
 検索していて 私の感想と良く似た感想にヒットしました。

「土神ときつね」― テーマについての小論 ―
  この論の最後の結び、

かもがやの穂は最初からかもがやの穂でしかないのである。かもがやの穂がかもがやの穂であること、それに「気づく」ことが重要なのであり、気づくことで、土神は自分の今までの感情が「恋愛」というものであることを理解する。


  ここが、私には理解しきれませんでした。 どうしてかもがやの穂で恋愛と言う感情を理解できたんだろう。。。。

土神と狐
土神と狐
posted with 簡単リンクくん at 2006. 7.21
宮沢 賢治作 / 小林 敏也画
パロル舎 (1985.12)
通常2-3日以内に発送します。
こちらは上で紹介した絵本バージョンでない方ですが、レビューが素晴らしく良いと思えるので。
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たったひとりの戦い
たったひとりの戦いアナイス ヴォージュラード Ana¨is Vaugelade 平岡 敦 徳間書店 2000-03売り上げランキング : 406589Amazonで詳しく見る by G-Tools


 赤い国と青い国は、

戦争はとても長い間つづいていたので、どうして始まったのか、だれもおぼえていませんでした。


 赤い国も青い国もあと兵士が80人。 赤い国の王子は

がんばりましょう、おとうさん。



と、何が原因かわからなくなった戦争に勝つことが目標です。

話の流れとして、昔の寓話だったら 青の国の王子は、「ムダな戦争はやめたい」と思っているのだと思うのです。

ところが、青の国の王子ファビアンは

 どちらの国が勝とうと、かまいませんでした。ファビアンは、戦争などどうでもいいと思っていたのです。だから野原の木にのぼっては、一日中ぼんやりしていました。



そうして、赤の王子から一騎打ちの手紙が来たときも、

ファビアンはため息をつきました。馬にのるのはあまり好きではなかったのです。



 そうなんです。青の王子、戦争をやめたいわけではない。戦争をしてはいけないと思っているわけではない。 只単に 「どうでもいい」と思っていただけに読み取れるのです。
文字面だけを読むと 何事にも無気力な若者が目にうかんでしまいました。

つい、メッセージ性探す悪い癖のある私は、「戦争というのはくだらないものだということを言いたいのだろうか」などと頭の中でピッタリと納得できるようなメッセージをこの本から探します。 探せば探すほど、空をつかむようです。

 私にとって戦争は「どうでもいい」といえるようなものではありません。どうも納得がいかないのです。

ネットで検索すると、
 月刊児童文学翻訳2000年6月号書評編の中にこの本の評がありました。


森久里子さんの書評は 私がこの本に期待している姿そのものでした。でも、森さんの文の中にあるファビアン王子は私には見えてこない。どうしてだろう。

 ここで、はた!と 「どうでもいい」が引っかかっているのではないかと思いました。 日本語の「どうでもいい」というのは私には無責任で投げやりな印象を伴います。元の文はなんと書いてあったのだろう。 

表現は違いますが、「戦争で勝ち負けを決めるなんて、ばかげたことだ」ということだったら私がおもっているような、書評にあるような王子が頭にうかびます。

 この話、読めば読むほど 原文をそのまま読むことができて、きちんと文字面ではなく頭で理解できたらいいなあとおもった本でした。 それと同時に、文章で人にものごとを伝えることの難しさをおもいました。 

追記---

なんとなく釈然としないので、夫にもどうおもうかを聴いて見ました。上で紹介した無関心な様子を読んで、夫 「ノンポリってやつだな」と一言。
 ノンポリって聞いたことがあるけれど、きちんと知らないので、とりあえず、広辞苑

 non-political の略 政治問題や学生運動に関心を示さないさま。また、そういう人。



 だそうです。なるほど。そうか。。

そうして、その後王に手紙を出すところのシーンになって、
「ここで思い直したのではないか」とのこと。 なるほど。そう読めばそんな風に読める! 私はその 「ノンポリ」風なところばかりが気にかかっていたようです。
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